「たい」は欲求を表す助動詞としていますが、構造的には形容詞として扱いいます。
なぜなら、「たい」形と「イ」形容詞が同じように活用するからです。
ある意味では、「たい」は感情形容詞です。
「たい」形
|
「イ」形容詞
|
行きたい
|
高い
|
行きたかった
|
高かった
|
行きたくない
|
高くない
|
行きたくて
|
高くて
|
行きたければ
|
高ければ
|
行きたかったら
|
高かったら
|
例一:あの絵本がほしい。例二:太郎があの絵本をほしがっている。
人称別によって形が変わってます。
話者の感情を表す時には直接的に「たい」「欲しい」を使いています。
他者の感情を表す時には間接的に「がる」か、「そう」「のだ」など、
推量や伝聞の形で使いています。
「について」と「 に関して」は、一般的な状態で両方とも通じますが、
伝いたいことには少し違うかもしれません。
伝いたいことには少し違うかもしれません。
例一:「日本の文化」について、作文を書いてください。
「について」は、あることをそのまま取り上げると解釈します。
「日本の文化」という話題だけでどんどん説明します。
「日本の文化」という話題だけでどんどん説明します。
例二:彼は、食事マナーに関しては、非常にうるさいです。
一方、「に関し て」は、それに関係する周辺のことも含めて、あることを全体的に説明します。
だから 、例一は「日本の文化」というテーマに絞って作文すると解釈します。
例二は、逆に「食事のマナー」にうるさい人は、コース料理の順序やお酒の飲み方など、
「マナー」に関してそれぞれなこともこだわっているかもしれないので、
「に関し て」のほうがより自然な言い方と思います。
「マナー」に関してそれぞれなこともこだわっているかもしれないので、
「に関し て」のほうがより自然な言い方と思います。
例三:老人の年金制度をめぐって、熱い議論が交わされました。
「をめ ぐって」はもともと「議論」という意味も含めているから、
「をめ ぐって」は一番適当な言い方と思います。
「をめ ぐって」は一番適当な言い方と思います。
1. 領域観念
例一:これはあなたの本ですか。 いいえ、これは田中さんのです。
「こ」は、話者と相手が同じ領域にいる時、ある共通の物に使いています。
例二:これは誰のですか。 それは田中さんのです。
「こ」と「そ」は、話者と相手が対立領域にいる時に使いています。
「こ」は話者の領域にあるものを指す時、
「そ」は相手の領域にある物を指している時に使いています。
例三:あそこでちょっと休みましょう。 ええ、あの木の下がいいですね。
「あ」は、話者と相手が同じ領域にいて、
二人が外の領域にある物を指している時に使いています。
つまり、話者と相手が共通に見ている領域のものです。
2. 印象観念
例一:昨日駅前の花屋で花を買ったんだけど…。
ああ、あの店ね。あそこは、店員さんが親切だね。
会話の場合、話者も相手も共通に知っているものを指している時には、
「あ」を使いています。
それ以外は「そ」を使いています。
例二:弟は今パン屋でアルバイトをしています。
そのパン屋のパンはとても美味しいんです。
話者の話の中に出てくるもの、話者だけ知っているものは、「そ」を使いています。
例三:私の娘の名前は百合子です。この子は今幼稚園に通っています。
だだし、話者にとって身近なこと、特別な関心や感情を待っていることには「こ」を使います。
もっと簡単な使い分けは、
「あ」--> 頭の中で知っているもの (頭)
「そ」--> 自分・相手の言葉で出るもの (耳)
「こ」--> 目の前にあるもの (目)
「のおかけ」と「のせい」と「のため」とも因果関係を説明する時によく使われますが、
結果次第で言い方が違います。
例一:あなたの頑張りのおかげで文化祭は成功した。(良い結果)
「のおかげ」は良い結果を示す時に使いています。
例二:太郎さんの勘違いのせいで取引先に怒られた。(悪い結果)
「のせい」は悪い結果を示す時に使いています。
例三:この店は駅から近いためにいつも繁盛しているが、(良い結果)
この店は駅から近いためにいつも混んでいて入れない。(悪い結果)
そして、「のため」はどちらにも使えます。
ちなみに、「のため」は、原因だけではなく、目的を示す時にも使われます。
例四:体力をつけるためにジムに通う。(目的)
「ということだ」は他人の話しや思いを推測して述べる時、
または自分が主観的に判断したことを述べる時に使いています。
「というわけだ」は他人にある物事を説明や解釈する時に使いています。
「というものだ」は自分が確信した、ある社会常識を説明する時に使いています。
例ー:事故の原因は現在調査中です。
つまり、事故の原因はまだわからないということですか?
例二:「なぜそう考えるの?」と問われるよりも「どうやってそう考えるに至ったの?」
と問われた方が人は答えやすいということだ。
例一は他人の話しや思いを推測する述べ、例二は自分が主観的に判断する述べだと思います。
例三:芸とは、美しいと感じることなのだ。
美しいと感じなければ、芸といえないのだ。
感性がなければ、美しいと感じることが出来ない。
即ち、文芸(小説)には、文が表現出来ることは当然なのだが、
それと共に感性が大切だというわけだ。
「芸」<--「美」<-- 「感性」
だから、「感性」は文芸の根本にとしてとても大切な存在だと推論します。
例四:彼にその仕事を頼むのは、無理な注文というものだ。
例四は、みんなにも納得できるような社会常識を話して、みんなを説服します。
例ー: 寒いですから、窓を閉めてください。
「から」は客観的に事項の原因や理由を説明します。
「窓を閉めてください」は事項、「寒いです」は事項を発生する原因です。
例二: 風邪を引いたので、学校休みました。
「ので」は二つ因果関係がある事項を客観的に説明します。
「学校休みました」は事項、「風邪を引いた」は事項を発生する原因です。
もっと簡単に言えば、
「から」は原因や理由の説明を強調したい、
「ので」は発生した結果を強調したいです。
例三:雨が降ったから、遠足を中止した。 ―> 遠足を中止する原因は「雨が降った」
例四:雨が降ったので、遠足を中止した。 ―> 雨のせいで「遠足を中止した」
「ので」は発生した結果を説明するので、
「客観的に事を述べる」「柔かい」と感じます。
「から」は事項原因を説明するので、
「主観的に因果関係を結び付ける」「話者の主張」「硬い」と感じます。
※「から」は話し言葉、「ので」は書き言葉です。
※「で」は、時に二つ因果関係がある事項をつけますが、原因の説明ではないです。
「に」の文法ミスが多いから、もう一度ノートにまとめます。
1. 「人・事・物の存在を表す」
例ー:駅の前にマクドナルドがあります。
例二:私には妹がいます。
例三:公園にはブランコがあります。
2. 「事件・動作の発生を表す」
例ー:金曜日の午後2時に会議があります。
例二:彼が最初に到着した人でした。
3. 「目的地・到着点を表す」
例ー:壁にポスターを貼った。
例二:目的地に到着した。
4. 「変化の結果を表す」
例ー:翔太君は先生になりました。
例二:信号はアカに変わりました。
5. 「動作の対象に指定する」
例ー:恋人に会いたい。
例二:親に逆らう。
例三:提案に賛成する。
例四:試験に合格しました。
例五:母に本をもらいました。(※「もらう」とつけば、動作の与え手に指定する)
6. 「分母や動作の周波数を表す」
例ー:3人に1人が未婚。
例二:3日に1度のお洗濯をします。
日本語に「そうだ」、「ようだ」、「みたいだ」、「らしい」は中国語に「像」の意味と似ていますが、
区別があります。
区別があります。
1.「不確実」と「確実」
伝聞の表現には、内容によって様々な言い方があります。
確実なことを話す時は「そうだ」など、 不確実なことを話す時は「らしい」、
「みたいだ」などを使います。
「みたいだ」などを使います。
「ようだ」は人から聞いたことや自分でも物を見てある程度確信を持って判断します。
「そうだ」は人から聞いた、ある信頼できる情報源(ニュースとか)からの情報で確実します。
「らしい」は「そうだ」と似ていますが、確実性は低くて、もっと間接的に得た情報です。
「みたいだ」は「ようだ」と似ていますが、また確実性は低いので、比喩的な使い方です。
2.「そうだ」と「ようだ」の使い分け
「そうだ」は人が言っていた、或いはニュースで言っていたことを相手に伝える時に使われます。
一般的には、「伝聞」と「推定」二つの意味があります。
例ー:雨が降るそうだ。(伝聞-->誰かから聞いた話しを伝えている)
例二:雨が降りそうだ。(推定-->話している人が予想している)
伝聞の「そうだ」をつける場合は、前文の內容は文法的に変えません。
推定の「そうだ」をつける場合は、過去や意向などの説明は許しません。
そのため、前文の文法はある程度に変えます。
そのため、前文の文法はある程度に変えます。
一方、「ようだ」には「様態」と「比喩」二つの意味があります。
例三:雨が降るようです。(様態-->自分で状態を見て判断する)
例四:春のような暖かい日ですね。(比喩-->想像しやすく例をあげる)
3.「らしい」と「みたいだ」の使い分け
例ー:次郎は子供らしい遊びをしている。
次郎は3歳の子供で、積み木で遊んだり、お絵かきをしたり、
その年齢の子供のように遊びをしています。
その年齢の子供のように遊びをしています。
そして、次郎は本当に3歳の子供です。
例二:次郎は子供みたいな遊びをしている。
今度の次郎君は30歳成人で、積み木で遊んだり、お絵かきをしたり、
小さな子供のように遊びをしています。
小さな子供のように遊びをしています。
が、次郎はそんなに小さな子供ではありません。
1.「自分の能力範囲」
自動詞と他動詞と同じく、「目的」にも「人為」と「非人為」二つ概念があります。
「ために」は自分がコントロールできることで、
「ように」は自分の能力範囲以外、コントロールできないことです。
もっと簡単に言えば、これは「自分の力で手に入れるかどうか?」、
或いは「勝手にあきらめるかどうか?」で判定することです。
或いは「勝手にあきらめるかどうか?」で判定することです。
できるなら「ために」を使いて、できないなら「ように」を使います。
例ー:結婚写真で綺麗に見えるように、ダイエットをしています。
「綺麗に見える」自分が綺麗になるかどうか、コントロールできることですか。
整形ではあるまいし、突然美人になることができますか。
整形ではあるまいし、突然美人になることができますか。
(「化粧したら美人になる」は、「もともと美人」という大前提があると思います。)
そして、「綺麗に見える」は自分で判断することですか。
自分がどんな顔でも決して自分が「醜女」とは言えないです(もちろん、美人でも言えないね)。
だから、「綺麗に見える」は他人が自分に与える評價です。
だから、「綺麗に見える」は他人が自分に与える評價です。
結論、「綺麗に見える」は「ように」とつけます。
例二:ゲームや漫画を買うために、色々節約しています。
値段が高いゲームがあるけど、安いゲームもたくさんあるから、
節約してゲームや漫画を買うのは自分の力でできることです。
だから、ここは「ために」を使います。
2.「他動詞の転換」
しかし、「子ともを育てる」の場合は?
子ともを捨ててもダメし、大変だし、だから「子ともを育てる」は「ように」にします。
が、「育てる」は他動詞です。「ように」とつければ、ちょっと微妙です。
だから、ここは可能形の「「育てられる」に転換します。
例三:三人の子ともを育てられるように、毎日朝から晩まで働いています。
